原爆記念日に思うこと



8月6日になると、必ず思い出すことがあります。

 

私が長く尊敬申し上げていた老婦人がいました。

 

あの日の7時すぎでしょうか、広島にあった陸軍兵学校に勤務する
ご主人と、宮島にでも行こうと、広島駅のホームにおられたそうです。

 

すると入ってきた列車の窓ガラスに、和歌山のご主人の実家のお姑さんの
さめざめと泣いている顔が見えたのだそうです。

 

虫の知らせなのか、急に実家に帰りたくなって、その場でご主人を説得し
大阪行きの列車に乗ったのだそうです。

 

そして列車が広島駅を出て、40分後、原爆が落ちたのだそうです。

 

もちろん報道管制が敷かれていた当時のこと、広島に新型爆弾が落ちたらしい
との情報は、実家に着いてからだったでしょう。

 

多くの友人知人を亡くされたのです。

 

その後のお二人の人生は、亡くされた友人知人の鎮魂の生涯だったと云います。

 

何故、自分たちが生き残ったのか、生きて何をなすべきか、問い続けたのだそうです。

 

この老婦人のお名前は、出雲井晶先生と云います。

 

日本画家であり、小説家であり、古事記神話を伝えようと運動されました。

 

毎年、この日になると、このことを思い出します。

 

人間って、何かに導かれて生きているんですよ。きっと。

 

広島、長崎にて亡くなられた多くの方々と共に、出雲井先生ご夫妻のご冥福を
お祈りいたします。

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プロフィール


高知県出身、社会人として企業戦士として高度成長期を体験しました。後に、先輩と新規事業に参加、途中で仲間と独立したが、事業に失敗、現在は、農業法人を立ち上げ地域興し貢献しようと田舎で有機農業に従事しつつ、アフィリエイトに取り組んでいます。
詳しくは「プロフィール」からご覧ください。

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