◆アフィリエイト成功講座その1(全7回)



新年あけましておめでとうございます。
当メールマガジン、発行責任者の四万十社中の寺尾です。

今日も開封して頂きありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。

◆アフィリエイト成功講座一回目(全7回)

新年早々ですが、フレンドマーク塾の動画講座の中で、
アフィリエイト成功講座をご紹介いたします。

https://youtu.be/2ai8uMaf0zM

より深堀した内容になっています。
新年のスタートにふさわしいかと7回に渡って
ご案内いたします。

ご参考にしてください。

◆大村智教授、一期一会のノーベル賞(2)
をご案内します。

素晴らしい内容なので、4回に渡ってご紹介する2回目です。


やはりネットビジネスであれ何であれ、「志」が大事です。
この文章、何かを教えてくれますよ。

■3.出会った人々の助言助力で研究者の道に

 夜間高校の教師から研究者への転身の過程でも、
大村は出会った様々な人々に導かれた。

 教師となった2年目の春、山梨の実家に帰った時、
大学時代の恩師を訪ね、学び直したいという決意を
伝えると、学者仲間の東京教育大学教授の小原哲二朗を
紹介してくれた。

小原への紹介状を得て、その講義を聴講するようになった。

 小原の研究室に出入りしているうちに、大村が夜間高校の
教師をしながらも、本格的に化学の研究をしたいという希望を
持っていることから、有機化学の分野では世界的に知られている
東京理科大学の都築洋二郎の研究室に大学院生として入るのが
いいのではないか、と勧められた。

 その勧めに従って、ドイツ語などを猛勉強し、
東京理科大学の大学院修士課程に入学したのは、
昭和35(1960)年4月だった。


昼は大学院で勉強、夜は高校の教師、週一日の高校の研究日を
金曜日として、金土日の3日間は大学で実験をする、
という生活が始まった。


 都築の研究室では、核磁気共鳴(NMR)を応用して
有機化合物の構造を調べるという、
当時の最新技術を研究する幸運に恵まれた。


ただし、NMR装置は当時、東京工業試験所に1台
あるだけだった。


人づてで、この装置を夜間だけ使わせて貰う、という許可を得て、
徹夜の実験を繰り返した。


 研究室では、細かな指導は講師の森信雄から受けた。


森は大村を弟分として可愛がり、実験のやり方から論文の
構成まで面倒を見た。


徹夜でNMR装置を使って集めたデータをもとに、
森の指導を受けながら、最初の研究論文をまとめた。


 都築は「日本語で論文を書いても外国人は読めないから
実績として認めないし、研究成果も正当に評価してもらえない。


論文は必ず英語で書きなさい」と指導していた。

それで論文は英語で書いて、学会の欧文誌に投稿しようと
いうことになった。


都築の教えを守って、大村はその後に発表した11百編近くの論文の
95%を英語で書いた。


 こうして大村は研究者の道を歩み始めた。


その過程で、出会った人びとは大村のために
助言・助力を惜しまなかった。


大村の「自分はもっと何かをしなければ済まない」
という真剣な志ちが伝わったからだろう。


■4.「だったら世界を目指せばいいじゃないか」

 大学院修了の目処がついた頃、山梨大学の助手として
の採用も内定した。


父親は大村が地元に帰ってくることには喜んだが、
秘かに将来を心配し、山梨でも学識のある偉い先生に相談にいった。


 大村の経歴を見た先生は「この経歴だったら
あまり将来性がない。


せいぜいよくても大学の講師どまりだろう。


このまま高校教師を続けて、将来は校長にでもなれば
いいのではないか」と言った。


 父親は大村にその意見を正直に伝えた。

大村は思った。

「日本では講師どまりかもしれない。
だったら世界を目指せばいいじゃないか。
その方がやりがいがある」。


 昭和38(1963)年4月、大村は山梨大学工学部発酵生産学科の
助手として赴任した。


しかし東京で最先端の研究をしていた大村にとっては、
ここでの研究は手応えがなかった。


そこに東京の北里大学樂学部で化学の研究員を一人募集しているのが、
どうか、という話が持ち込まれた。


 条件は大学新卒者と同じということだったが、大村は「やります」
ときっぱり返事をした。(第2回目終わり)

ビジネスの世界でノーベル賞は無いのですが(笑)
やはり人生を変革するということは、大村先生のように
気付きが大事なんですね。

ご自分の気持ちが変わってこそ、「稼ぐ」局面が変わってきます。

貴方の成功を、心から祈っています。

今日も開封して頂いてありがとうございました。

コメント

プロフィール


高知県出身、社会人として企業戦士として高度成長期を体験しました。後に、先輩と新規事業に参加、途中で仲間と独立したが、事業に失敗、現在は、農業法人を立ち上げ地域興し貢献しようと田舎で有機農業に従事しつつ、アフィリエイトに取り組んでいます。
詳しくは「プロフィール」からご覧ください。

最近の投稿